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「ちーちゃんとみつえ母さん」
「あら、何か動いているわ」 みつえ母さんが近づいてみると、それは小さなちいさな赤ちゃんねこでした。 「まあ、かわいそうに。お母さんはあんたを捨てていったのかい」 両手の中にすっぽりと入る小さな体を抱き上げてみつえ母さんはびっくりしました。白い小さな体はノミだらけ。頭だけがとても大きく目も少し飛び出しているようです。みつえ母さんは、植木の水やりも放り出してエプロンをしたまま子ねこを抱いて動物病院に駆け込みました。 「先生、この子を診てやって下さい」 「また捨てねこでしょう」と先生はあきれたように子ねこを抱き上げました。 「この子は脳の病気だね、生まれつきの病気だから治らないよ」 「そんなこと言わないで、病気を治すのが先生の仕事でしょう!」とみつえ母さんは一生懸命に先生に頼みました。 「今までたくさん診たけれど、三日もつかどうかだね。どれ、注射だけでもしておこうか」と先生は言いました。 その日からみつえ母さんの何十年ぶりかの子育てが始まりました。三日の命を何とかのばして生かしてあげようと懸命に面倒をみました。小さな体そのままに名前は「ちーちゃん」とつきました。生まれて間もない子ねこの世話は、赤ん坊を育てるのと同じくらい大変です。三時間おきにガーゼにしみ込ませたミルクを飲ませ、そのたびにおしっことうんこを出すための手助けをしました。 みつえ母さんが、自分の用事やお出かけを全部取りやめてちーちゃんがよちよち歩きできるようになった頃には、庭の木たちは赤や黄色に色づきはじめていました。 「ちーちゃん、先生は嘘つきだね。三日しか生きられないって言ってたけど、三か月もたったよ。本当によかったね」 ちーちゃんは、普通のねこより頭が大きいので少し歩くとふらふらします。あっちへコツン、こっちへコツン。すぐにぶつかるかと思えばいきおいがつきすぎて頭から前にこけてしまいます。でもみつえ母さんが大好きなのでいつも追いかけてくっついてまわります。 ある晩、ちーちゃんが発作をおこしました。四つの足が伸びて引きつったままです。苦しそうにふーふーうなっています。みつえ母さんは夜が明けるまでずっとちーちゃんの足をさすり続けました。朝になるのを待って、発作がおさまりぐったりしているちーちゃんを抱いて先生のところに走りました。昨夜の様子を一生懸命に説明するみつえ母さんとちーちゃんを見て驚いたのは先生の方でした。 「これは驚いた! この子はまだ生きていたのかい」そう言いながら先生はちーちゃんの頭や足をさわっていましたがみつえ母さんに言いました。 「ここまで育ててあげたことは本当に奇跡のようなことだ。あなたの愛情が深かったからだね。でも、医者として私がこの子にしてあげられることは何もないんだよ」 みつえ母さんは、よくなる方法がないことにがっかりしましたが、先生にほめられたようで少し嬉しく思いました。でもこの気持ちはそれほど長く続きませんでした。 一度発作を起こしてからちーちゃんはたびたび発作を起こすようになり、少しずつ弱り、とうとう歩くこともできなくなりました。発作のたびにみつえ母さんは朝まで寝ずにちーちゃんの体をさすりました。あまりにつらそうなちーちゃんを見ながらみつえ母さんも涙が出てきました。 「ちーちゃん、ごめんね。こんなに苦しい思いをさせるなら長生きさせない方がよかったのかもしれない。母さんを恨んでいるだろうね」みつえ母さんの涙がこぼれてちーちゃんの顔に落ちたとき、誰かの声が聞こえました。 「みつえ母さん、病気の僕をここまで育ててくれてありがとう。ちっとも恨んでなんかないよ。苦労をかけるけど、僕はもう少し生きて母さんと暮らしたいんだ」 みつえ母さんは驚いてあたりを見まわしましたが誰もいるはずはありません。ちーちゃんがしゃべったのでしょうか。今は発作に疲れてみつえ母さんの手の中で寝ています。 翌日、みつえ母さんはお仏壇に手をあわせて感謝しました。 「お父さん、ありがとう。どんな命もこの世に生まれてきたものは尊いですね。苦しむちーを見ながら私は死んでしまった方がこの子のためかと思いました。でもあの子は『もっと生きたい』と私に言いました。いいときばかりじゃない、腹の立つときもあるけど、自由に出かけることもできなくなったけど、ちーの命が燃えつきるまで面倒をみることにしますよ。昨日はちーの声をきかせてくれたのはあなたでしょう。先生は三か月も生きたのは奇跡と言ってたけれど、一年生きられるかもしれないね」 みつえ母さんのひざでちーちゃんはしずかに寝ています。いつの間にか庭には沈丁花の花がほころびていました。 (平成14年2月 第14回 浜屋・よみうり「仏教童話大賞」応募作品) |
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